覚醒
ノンデュアリティ(非二元)
まず最初にノンデュアリティ(非二元)そのものを説明する事はできないことをお断りしなければなりません。説明されたノンデュアリティは言語による概念であってノンデュアリティではないからです。 あらゆる言語の表現をノンデュアリテ […]
オニオン・ピーリング・ヴィジョンとロータス・ヴィジョン
蓮は泥を栄養に成長して平安と静寂に輝く美しい花を咲かせる。 私たちの本質も蓮の花のように内側から自然に輝く美そのものなのだ。泥の中にあっても蓮の本質が汚れる事はない。 どんなにひどく汚れた状態であって […]
心理学
変性意識とバーストラウマ
人の意識は大きく分けて2つある。日常意識と非日常意識である。非日常意識は変性意識ともいう。人間には異なった意識モードが存在するのだが現代社会の非日常意識の認識は酒に酔ったり夢を見たりする状態しかしられていない。
成熟した社会への道 – VALS類型論
マズローの階層欲求論は商品を購買する消費者の行動予測としてよくビジネスモデルとしても使われているが人間の精神的成長を理論化したものである。 マズローのモデルによると下の欲求がある程度、満たされるに従い、上の欲求に向うとされている。
日本のシャーマニズム 「イタコ」
去年亡くなった義母をおろしてもらいに親戚と一緒に、青森県おいらせ町のイダコ祭りに向った。普通はイタコだがここではなまってタが濁音のダになって「イダコ」とよぶ。イダコ祭りは午後1時からと聞いていたので、途中、八戸で昼食をとり午後1時過ぎた頃においらせ町の法運寺に到着した。
病気にはどのような意味があるのか
「病気は学びであって魂が成長をとげる為に必要なレッスンなのだ。」というニューエイジ的な考えがある。しかし、病気の原因を精神的な側面にだけ還元してしまうと、行き過ぎた自己批判をもたらすこともある。自分を責めてしまうのだ。た […]
宗教
近代中国禅の最高峰 虚雲和尚
今から数年前に広東省を旅したときに、たまたま雲門行きのバスを見つけ、なぜか気になりバスに乗った事がある。韶関駅から、約1時間ほどバスにゆられ10元払って停留所を降りると黄土色をした寺院があり山門には大覚禅寺とあった。
山崎弁栄・山崎辯栄(やまざきべんねい)
風雲急を告げる幕末の時代、時の大老、井伊直弼による尊皇攘夷派への弾圧が行なわれた年、安政六年二月二十日(1859)に山崎弁栄上人は千葉県の農村で生まれた。丁度、明治維新の十年前である。父親は「念仏嘉平」と呼ばれるほどの敬虔な念仏者だった。
マグダラのマリアによる福音書
以前に、カトリックの信者で聖書に疑問を持っているという非常に知性豊かな女性の方と話をしたことがあった。どうして疑問があるのか尋ねると聖書の教えに男女の差別があるからだという。新約聖書「ガラテヤ人の手紙」によると「そこではもはやユダヤ人やギリシャ人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。
ルルドの泉・聖母の涙 Lourdes
パリからTGV(フランスの新幹線)に乗車して6時間、ボルドーのブドウ畑を過ぎるとピレネー山脈の麓の町ルルド(Lourdes) に着く。ルルドは今でこそ有名な巡礼の町だが聖母マリアが出現した1858年当時のルルドの人口は4 […]
アッシジの聖フランチェスコ Francesco d’Assisi
イタリアのローマから約182km列車で約2時間のウンブリア地方にアッシジという町がある。映画「ブラザーサン・シスタームーン」の主人公、聖フランチェスコ(1181~1226)が生まれ活躍した町である。 ミッキーロークのフラ […]
ツォンカパ Tsongkhapa
チベット仏教の宗派ではパドマサンバヴァが開いたニンマ派が一番古く、アテーシャ(982~1054)がチベットに入蔵後、にキュンポ(990~1139)とマルパ(1012~1097)からカギュー派が、コンチョク・ギャルポ(1034~1102)によってサキャ派が始まった。
サムイェーの宗論 Samye Monastery
ラサを訪問中の3日間、高山病と風邪の症状で寝込んでしまった。このころのラサは珍しく毎日夕方に雨が降っていた。近くの食堂まで身体をひきずって毎日一食約70円の黒粥を食べるだけの毎日だ。身体がだるいが一応歩けた。旅をすると必ず一回は寝込む。
アティーシャ Atisha
チベット仏教では修行を三つの段階に分ける。ヒーナヤーナ、マハーヤーナ、ヴァジュラヤーナでそれぞれ小乗、大乗、金剛乗と訳される。小乗,大乗,金剛乗の三乗がチベットで統合されたのはアティーシャ(別名ディーパンカラ・シュリージュニャーナ)の業績によるところが大きい。
パンチェン・ラマ Panchen Lama
この地球上には自由を奪われ虐殺されている人々が数多く存在するのに、世界中からチベットに熱い声援が送られる背景には,ダライラマ14世法王個人の影響もある。チベットの歴史の中で,これほどまでにダライラマ法王が圧倒的な存在感をもった事は、なかったのである。
ダライラマ法王のカーラチャクラ灌頂
マナリからキー・ゴンパへタクシーで向かった。車種は日本のスズキジムニーでタクシー代3500ルピーを4人で分けることにする。カナダから来た23才の女性とチベット人そして私たち二人とチベット人の運転手含めて計5人である。それまで全く会ったことのない人々だ。
仏教
近代中国禅の最高峰 虚雲和尚
今から数年前に広東省を旅したときに、たまたま雲門行きのバスを見つけ、なぜか気になりバスに乗った事がある。韶関駅から、約1時間ほどバスにゆられ10元払って停留所を降りると黄土色をした寺院があり山門には大覚禅寺とあった。
山崎弁栄・山崎辯栄(やまざきべんねい)
風雲急を告げる幕末の時代、時の大老、井伊直弼による尊皇攘夷派への弾圧が行なわれた年、安政六年二月二十日(1859)に山崎弁栄上人は千葉県の農村で生まれた。丁度、明治維新の十年前である。父親は「念仏嘉平」と呼ばれるほどの敬虔な念仏者だった。
チベット仏教
ツォンカパ Tsongkhapa
チベット仏教の宗派ではパドマサンバヴァが開いたニンマ派が一番古く、アテーシャ(982~1054)がチベットに入蔵後、にキュンポ(990~1139)とマルパ(1012~1097)からカギュー派が、コンチョク・ギャルポ(1034~1102)によってサキャ派が始まった。
サムイェーの宗論 Samye Monastery
ラサを訪問中の3日間、高山病と風邪の症状で寝込んでしまった。このころのラサは珍しく毎日夕方に雨が降っていた。近くの食堂まで身体をひきずって毎日一食約70円の黒粥を食べるだけの毎日だ。身体がだるいが一応歩けた。旅をすると必ず一回は寝込む。
アティーシャ Atisha
チベット仏教では修行を三つの段階に分ける。ヒーナヤーナ、マハーヤーナ、ヴァジュラヤーナでそれぞれ小乗、大乗、金剛乗と訳される。小乗,大乗,金剛乗の三乗がチベットで統合されたのはアティーシャ(別名ディーパンカラ・シュリージュニャーナ)の業績によるところが大きい。
パンチェン・ラマ Panchen Lama
この地球上には自由を奪われ虐殺されている人々が数多く存在するのに、世界中からチベットに熱い声援が送られる背景には,ダライラマ14世法王個人の影響もある。チベットの歴史の中で,これほどまでにダライラマ法王が圧倒的な存在感をもった事は、なかったのである。
ダライラマ法王のカーラチャクラ灌頂
マナリからキー・ゴンパへタクシーで向かった。車種は日本のスズキジムニーでタクシー代3500ルピーを4人で分けることにする。カナダから来た23才の女性とチベット人そして私たち二人とチベット人の運転手含めて計5人である。それまで全く会ったことのない人々だ。
キリスト教
マグダラのマリアによる福音書
以前に、カトリックの信者で聖書に疑問を持っているという非常に知性豊かな女性の方と話をしたことがあった。どうして疑問があるのか尋ねると聖書の教えに男女の差別があるからだという。新約聖書「ガラテヤ人の手紙」によると「そこではもはやユダヤ人やギリシャ人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。
ルルドの泉・聖母の涙 Lourdes
パリからTGV(フランスの新幹線)に乗車して6時間、ボルドーのブドウ畑を過ぎるとピレネー山脈の麓の町ルルド(Lourdes) に着く。ルルドは今でこそ有名な巡礼の町だが聖母マリアが出現した1858年当時のルルドの人口は4 […]
アッシジの聖フランチェスコ Francesco d’Assisi
イタリアのローマから約182km列車で約2時間のウンブリア地方にアッシジという町がある。映画「ブラザーサン・シスタームーン」の主人公、聖フランチェスコ(1181~1226)が生まれ活躍した町である。 ミッキーロークのフラ […]
健康
バクティ・ヨーガ Bhakti yoga
インド・パキスタンの国境を接するカシミール地方はイスラム教徒が8割をしめていてパキスタンの帰属を希望しているのにインド領なために紛争が絶えない地域だ。カシミールのラダックにはチベット仏教を奉ずるラダック人がいてカシミール […]
ラーマーヌジャ Ramanuja
ヴェーダーンタの流れにはシャンカラ(Shankar)の不二一元論(アドヴァイタ・ヴェーダーンタAdvaita Vedanta)、ラーマーヌジャ(Ramanuja)の限定不二論(ヴィシシタ・アドヴァイタ Vishishta […]
ラーマナンダ Ramananda
バクティの流れを次いでカースト制度の改革をしたのは14~15世紀に活躍したヴィシュヌ派のラーマナンダだった。ラーマナンダは社会改革をしようとした訳ではないかもしれないが、彼は男女の平等を説き、バラモンと低位カーストとの差 […]
カビール Kabir
インドにはサント(聖者)が無数にいるがサントの中のサントといえばラーマナンダの弟子とされるカビール(1425~1492)である。 カビールがラーマナンダの弟子かどうかははっきりしない。史実はともかくカビールの出生は処女の […]
グル・ナナク Guru Nanak
インド関係の本を開くとカースト制度とヴァルナについて印鑑でも押したように同じことがかかれている。 普通の説明でのヴァルナは肌の色を表し階級制度を意味するとかかれている。ところがヴァルナはもともと人のもって生まれた天分、性 […]
ラマナ・マハリシ Ramana Maharshi
訳者前書き シュリ H.W L.プンジャ、1910年、現在のパキスタンにあたるパンジヤブ地方に生まれ、彼が8オの時、真理の直接体験をし、1944年彼のグル、シュリラマナマハリシに出会う。その後しばらくして彼のマスターの現 […]
プンジャジ poonjaji
南インド、タミルナドゥのティルバンナマライにラマナアシュラムがある。今世紀最も重要な聖者の一人といわれるラマナ・マハリシ(1879~1950)が開いたアシュラムである。1947年プンジャジはラマナ・アシュラムに滞在してい […]
ヨーガ
バクティ・ヨーガ Bhakti yoga
インド・パキスタンの国境を接するカシミール地方はイスラム教徒が8割をしめていてパキスタンの帰属を希望しているのにインド領なために紛争が絶えない地域だ。カシミールのラダックにはチベット仏教を奉ずるラダック人がいてカシミール […]
ラーマーヌジャ Ramanuja
ヴェーダーンタの流れにはシャンカラ(Shankar)の不二一元論(アドヴァイタ・ヴェーダーンタAdvaita Vedanta)、ラーマーヌジャ(Ramanuja)の限定不二論(ヴィシシタ・アドヴァイタ Vishishta […]
ラーマナンダ Ramananda
バクティの流れを次いでカースト制度の改革をしたのは14~15世紀に活躍したヴィシュヌ派のラーマナンダだった。ラーマナンダは社会改革をしようとした訳ではないかもしれないが、彼は男女の平等を説き、バラモンと低位カーストとの差 […]
カビール Kabir
インドにはサント(聖者)が無数にいるがサントの中のサントといえばラーマナンダの弟子とされるカビール(1425~1492)である。 カビールがラーマナンダの弟子かどうかははっきりしない。史実はともかくカビールの出生は処女の […]
グル・ナナク Guru Nanak
インド関係の本を開くとカースト制度とヴァルナについて印鑑でも押したように同じことがかかれている。 普通の説明でのヴァルナは肌の色を表し階級制度を意味するとかかれている。ところがヴァルナはもともと人のもって生まれた天分、性 […]
ラマナ・マハリシ Ramana Maharshi
訳者前書き シュリ H.W L.プンジャ、1910年、現在のパキスタンにあたるパンジヤブ地方に生まれ、彼が8オの時、真理の直接体験をし、1944年彼のグル、シュリラマナマハリシに出会う。その後しばらくして彼のマスターの現 […]
プンジャジ poonjaji
南インド、タミルナドゥのティルバンナマライにラマナアシュラムがある。今世紀最も重要な聖者の一人といわれるラマナ・マハリシ(1879~1950)が開いたアシュラムである。1947年プンジャジはラマナ・アシュラムに滞在してい […]
歴史
明恵上人(みょうえしょうにん)
明恵上人の天竺行 明恵上人ほど釈尊を慈父と思い、ひたすら釈迦牟尼仏その人を恋い慕う日々を過ごした人はいないともいわれている。紀州の糸野において修行していた頃 、 明恵上人はお釈迦様に対する恋慕(れんぼ)の思いを抑えがたく […]
森本右近太夫(もりもとうこんだゆう)
辺境の日本 仏教僧の旅は大きく二つに分けられるという。真実の仏法をもとめて他国へ渡り、聖地を巡礼してこころの浄化をはかり、仏典や師を求める「求法(ぐほう)の旅」と、もう一つの旅は、自分が体得した境地を他の国の人々に伝える […]
島地黙雷(しまじもくらい)
インドへ最初に訪れた日本人は戦国時代に九州のキリシタン大名たちがローマに送った天正使節団の少年達であるが当時ポルトガル領だったゴアに立ち寄っただけである。インド国内を最初に旅行したのは島地黙雷(1837-1911)である […]
北畠道龍(きたばたけどうりゅう)
最初にブッタガヤを訪れた日本人 明治十六年ついに日本人で初めて仏蹟巡礼に成功したのは 紀州出身で浄土真宗西本願寺派僧侶の北畠道龍(きたばたけどうりゅう)(1820-1907)である。明治14年末に横浜を発ってヨーロッパを […]
南條文雄(なんじょうふみお)
浄土真宗大谷派(東本願寺派)の僧侶だった南條文雄(1849-1927)は二十六才のとき明治九年に英国留学し、マックス・ミューラーよりサンスクリットを学び、明治十七年アメリカを経由して日本へ帰国した。南條文雄は「南條カタロ […]
釈興然(しゃくこうねん)
日本人で最初の スリランカの上座部僧侶となった釈興然(1849~1924 )は横浜で高野山真言宗の住職を務めていた。早くからインドを志していた彼は明治十九年九月十九日、横浜からフランス船に乗り十月にセイロン(今のスリラン […]
山崎辨榮[弁栄](やまざきべんねい)
最初にインドの仏蹟巡礼をした日本人 日本人で最初にインド各地の仏蹟各地を巡拝したのは山崎弁栄上人である。ブッタガヤだけは弁栄上人が訪れる十年前の明治十六年に北畠道龍上人が訪れている。 日清戦争が勃発した年の明治二十七年十 […]
女神の時代 地母神信仰
古代の神々の最高神は女神で、地母神信仰が盛んだった。古代社会では母親が主な親であり、大地と母は命を生み出す事から同一視されていた。やがてゼウスのような男性の天候神が力をもつようになり、血を血で洗う男性神による都市の侵略がおこり、相手を皆殺しにするような凄惨な戦いが始まった。
天竺へ渡ろうとした人々
明恵上人(みょうえしょうにん)
明恵上人の天竺行 明恵上人ほど釈尊を慈父と思い、ひたすら釈迦牟尼仏その人を恋い慕う日々を過ごした人はいないともいわれている。紀州の糸野において修行していた頃 、 明恵上人はお釈迦様に対する恋慕(れんぼ)の思いを抑えがたく […]
森本右近太夫(もりもとうこんだゆう)
辺境の日本 仏教僧の旅は大きく二つに分けられるという。真実の仏法をもとめて他国へ渡り、聖地を巡礼してこころの浄化をはかり、仏典や師を求める「求法(ぐほう)の旅」と、もう一つの旅は、自分が体得した境地を他の国の人々に伝える […]
島地黙雷(しまじもくらい)
インドへ最初に訪れた日本人は戦国時代に九州のキリシタン大名たちがローマに送った天正使節団の少年達であるが当時ポルトガル領だったゴアに立ち寄っただけである。インド国内を最初に旅行したのは島地黙雷(1837-1911)である […]
北畠道龍(きたばたけどうりゅう)
最初にブッタガヤを訪れた日本人 明治十六年ついに日本人で初めて仏蹟巡礼に成功したのは 紀州出身で浄土真宗西本願寺派僧侶の北畠道龍(きたばたけどうりゅう)(1820-1907)である。明治14年末に横浜を発ってヨーロッパを […]
南條文雄(なんじょうふみお)
浄土真宗大谷派(東本願寺派)の僧侶だった南條文雄(1849-1927)は二十六才のとき明治九年に英国留学し、マックス・ミューラーよりサンスクリットを学び、明治十七年アメリカを経由して日本へ帰国した。南條文雄は「南條カタロ […]
釈興然(しゃくこうねん)
日本人で最初の スリランカの上座部僧侶となった釈興然(1849~1924 )は横浜で高野山真言宗の住職を務めていた。早くからインドを志していた彼は明治十九年九月十九日、横浜からフランス船に乗り十月にセイロン(今のスリラン […]
山崎辨榮[弁栄](やまざきべんねい)
最初にインドの仏蹟巡礼をした日本人 日本人で最初にインド各地の仏蹟各地を巡拝したのは山崎弁栄上人である。ブッタガヤだけは弁栄上人が訪れる十年前の明治十六年に北畠道龍上人が訪れている。 日清戦争が勃発した年の明治二十七年十 […]
神話
女神の時代 地母神信仰
古代の神々の最高神は女神で、地母神信仰が盛んだった。古代社会では母親が主な親であり、大地と母は命を生み出す事から同一視されていた。やがてゼウスのような男性の天候神が力をもつようになり、血を血で洗う男性神による都市の侵略がおこり、相手を皆殺しにするような凄惨な戦いが始まった。
環境
地球交響曲第五番 盛岡上映会
第五番上映会の様子 2005年 4月2日 入場者のアンケートより ★30代 女性生命、自然の尊さについて気づかされ感動しました。生きることを感じて、せつなくなりました。 ★40代 女性とても心に響くものがありました。自分 […]
ガイア交流会 2005年2月5日
2月5日(土)PM1:00~3:00にガイアシンフォニー第五番の上映に先立ちガイアシンフォニーの上映に協力していただける方々の交流会が盛岡の喫茶サンクチュアリで行われました。 参加された方の感想 先日、盛岡で地球交響曲第 […]
森のイスキア・佐藤初女
以前、ガイアシンフォニー第5番の上映会を友人と企画した時に佐藤初女(さとうはつめ)さんの講演を監督と一緒にお願いすることにした。ところが講演の直前に初女さんがころんで肋骨にひびが入って行けなくなってしまったことがある。講 […]
ガイア
地球交響曲第五番 盛岡上映会
第五番上映会の様子 2005年 4月2日 入場者のアンケートより ★30代 女性生命、自然の尊さについて気づかされ感動しました。生きることを感じて、せつなくなりました。 ★40代 女性とても心に響くものがありました。自分 […]
ガイア交流会 2005年2月5日
2月5日(土)PM1:00~3:00にガイアシンフォニー第五番の上映に先立ちガイアシンフォニーの上映に協力していただける方々の交流会が盛岡の喫茶サンクチュアリで行われました。 参加された方の感想 先日、盛岡で地球交響曲第 […]
森のイスキア・佐藤初女
以前、ガイアシンフォニー第5番の上映会を友人と企画した時に佐藤初女(さとうはつめ)さんの講演を監督と一緒にお願いすることにした。ところが講演の直前に初女さんがころんで肋骨にひびが入って行けなくなってしまったことがある。講 […]